2014年11月15日土曜日

漢字が「わかる」日本人にとっての中国語学習

中国語は簡単か

日本人が中国語を勉強するのは比較的容易だといえます。というか、ぼくについていえば、英語やドイツ語を学ぶより簡単に思えたから中国語の勉強を始めたわけです。なぜって中国語は漢字で表すから。実際、発音を一通り学び終えたら、あとは結構楽なんです。英語のようにかけ離れた言葉の単語を覚えるにはまさに暗記するしかありませんが、漢字と言う同じ文化的基層を共有する中国語については、英語なんかに比して「よりわかる」ような気がします。

沢木耕太郎の『深夜特急』で、主人公が香港にいるとき、中国語で書かれた小説をいきなり読むシーンがありますね。漢字がわかるとそういうことが出来ます。なんとなくわかってしまう。もちろん発音の仕方はぜんぜん違っており、日本語の発音でいくらがんばって伝えようとしても通じません。でも紙に漢字を書いて示せば、まあ相手は読んでくれますね。

ただし、いくら使う文字が同じとはいえ、ある調査によると「基本語彙についてだけいえば、中国語と日本語の同型語でありながら語法的に違うものは三分の一以上ある」とのこと(潘钧 《关于中日同形词语法差异的一次考察》, 《日本语言文化论集 2》, 北京出版社, 2000)。

つまり日本語と同じ文字があって、それを条件反射的に日本語として理解してしまうと、三回に一回は間違うし、逆に中国語でどういうかわからないけれど、まあ日本語にある漢字のことばで伝えてもわかるんじゃね、とかんがえても、三回に一回は理解してもらえない可能性があるということです。

以下、南开大学の有名な対外漢語教師(中国語を母国語としない人に対して中国語を教える教師)の卢福波の《汉语语法教学理论与方法》 (北京大学出版社, 2010)から具体例を抜粋します。


漢字は同じでも意味が違う

たとえば、「友達にたくさんの手紙を書きました」と伝えたくて、(誤)我给朋友写了很多手纸、は間違い。“手纸”は「トイレットペーパー」のことです。「手紙」は“”です。

→我给朋友写了很多信。

挙げればいくらでもあるのですが、もうひとつだけ。「野菜」は中国語では“蔬菜”といいます。中国語の“野菜”は「食用となる野生の植物」(『超級クラウン』)の意です。


漢字は同じでも意味の重なりが違う

「家」と“家”
「日本のサラリーマンは大変な労苦をして自分の家(マイホーム)を買います」
“在日本很多工薪人员东凑西挪才买上自己的家”とはいいません。中国語の“家”は「物としての家」を表せないので、“家”の代わりに“房子”を使います。

日本語の「家」は、「家族」とか「家がある場所」を表す以外にも、「建造物としての家」をも表しますが、中国語の“家”には建造物としての家の意味はなく、その場合は“房子”といいます。“回家”(「帰宅する」),“搬家“(「引っ越す」)といいますが、「家を買う」を“买家”とはいえません。“买房子”といいます。ちなみに“买家”は、売買するときの「買主」の意です。「売主」は“卖家”。

家つながりで言えば、「家族」と“家族”も全く一緒というわけではないようです。中国語の“家族”は、日本語の「家族」よりも大きな血縁集団や血脈関係をあらわし、普通の家庭のメンバーを現すことばではありません。では「家族」を中国語で何と言うかといえば、なぜか決まった言い方というのはなく、“家里人”とか“家人”と言います。そういえば“莫言”の長編小説に《红高粱家族》というのがありますね。これは五つの中篇(红高粱、高粱酒、狗道、高粱殡、奇死)を独立して発表し、あとでまとめて《红高粱家族》というふうに一つにまとめた書です。




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