2017年5月13日土曜日

虚惊一场

韩寒《1988》より。

ボロい車で旅をはじめたばかりの頃にホテルの部屋で出会った女の子を連れて旅を続けるんですね。それぞれ探している人がいてね。ある日、ゆるい坂でかなりの渋滞に遭遇して車がまったく動かなくなる。坂の上の方からうっすら赤い液体がじわじわ流れてくる。かなりおそろしい事故が起こったはずだと推測しますわな。道路の血を洗ってるんじゃないの。おそらく死人がでたんだろう。なんて会話を交わす。でもね、視界を遮っていたバスやらトラックを追い越した後に見えたのはスイカを満載したトラックが横転していて、そこらじゅうつぶれたスイカが広がる光景でした。そのとき女の子がほっとした笑いを浮かべながら、“虚惊一场” Xūjīng yī chǎngと言うんです。車を運転してた主人公はこう返します。

我说,娜娜,你知道么,“虚惊一场”这四个字是人间最好的成语,比起什么兴高采烈,五彩冰粉,一帆风顺要美好百倍。
韩寒《1988: 我想和这个世界谈谈》

(ねえ、ナナ、知ってる?「虚惊一場」というのはこの世でいちばんいい四文字の並びなんだよ、「興高采列」やら「五彩氷粉」やら「一帆風順」より何百倍もいい。)

詩人の暁方ミセイが、「宮沢賢治」を「宇宙で一番好きな漢字四文字の並び」とツイートしたことが忘れられないので訳文もそれを反映してみました。

“虚惊”は、《现代汉语规范词典》によると、(事后证明是)不必要的惊慌。と定義されてます。無駄に驚いた、という感じですか。“虚惊”のあとに“一场”という動量詞(ひとまとまりの動作として区切りをつける)が付せられている。“场”と数えるのはまあコロケーション的にそうなってるんですが、一幕が終わるとか、一つの試合が終わるとかといった「一つの出来事が行われ、終わる」というニュアンスがあって、無駄に驚くという行為が際立つというか、そんな感じ?

動量詞には「専用動量詞」と「借用動量詞」とがあり、前者には“场、下、次、回、顿、阵、遍、番”があげられます。日本語でも野球中継なんかで「ジャンプ一番」なんていいますね。後者は、道具とか身体のパーツとかを量詞として使うことで、それから派生するイメージを使って動作のまとまりを表す。たとえば“咬了一口”(一口かじる)“看了一眼”(一瞥する)“切了一刀”(一切りする)。

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